マイケル・ブレッカーを偲ぶ
マイケル・ブレッカー氏(米ジャズ・テナーサックス奏者)AP通信によると、1月13日、白血病のためニューヨークで死去、57歳。
え?何事かと。。15日の朝、この記事で愕然。
何せ、その前に昨年に制作した3年半ぶりのニュー・アルバムが3月21日発売ということで、完全復活を確信していたから。。。
とにかく、ご冥福をお祈りいたします。。。
思えば、FUSION狂の自分とブレッカーズとの出会いは大学生のころ。『ヘヴィ・メタル・ビバップ』というアルバムがとにかくすごいというので聴いたら、一発ではまるわけ。
キメはバシバシ決まり、兄ランディと弟マイケルの超絶ソロがうねりまくり。名曲「SOME SKUNK FUNK」「SPONGE」はこのライブ盤がやはりいつ聴いてもすごい。
そのあと順番はめちゃくちゃだが、過去作品をかたっぱしから聴きまくる。
この1stアルバム『ザ・ブレッカー・ブラザーズ』には上記記述2曲や「ROCKS」なども入り、1stにしてベスト的内容。
そして聴き始めのころは過去のユニットであったが、1992年に復活する。この『リターン・オブ・ザ・ブレッカー・ブラザーズ』はリアルタイムということもあり聴きまくった感がある。
このころのマイケルはすでにソロとしてアルバムも出しており、JAZZミュージシャンとしても地位を確立しつつあったが、FUSION的アプローチはやはりブレッカーズとして爆発する。EWIを駆使した「SONG FOR BARRY」、変態リズムがうねる「ABOVE&BELOW」など今聴いても興奮する。
そして1994年に『アウト・オブ・ザ・ループ』発表後来日公演も行い、初めて生ブレッカーズを大阪ブルーノートで観た。感動というか、凄すぎてそのときはよくわからなかったのが正直なところ。
その後またブレッカーズとしては活動を停止することになり、ソロ活動が活発となる。ソロではもっぱらJAZZとしてのアプローチが強くなり世界的に人気・実力ともに最高のテナー・サックス奏者の地位を確立。
2001年にユニバーサルJAZZコンベンションで再び拝見。小曽根真との競演が素晴らしかった。2002年8月には野外イベント「東京JAZZ」でハービー・ハンコックのSUPER UNITで参加したのも鑑賞。2003年8月の野外イベント「Mt.Fuji JAZZ FESTIVAL」では、なんと“ブレッカー・ブラザーズ”として出演。夜の富士スピードウェイに鳴り響いた「SOME SKUNK FUNK」は感激もの!そして、この姿が自分にとって最後の生マイケル・ブレッカーになるとは思いもしなかった。。
2005年には骨髄異形成症候群という病気が判明し、療養生活に入る。そんな中、ランディ・ブレッカー名義ではあるがブレッカーズのニュー・アルバム的内容である、その名も『サム・スカンク・ファンク』が発売。
今は、彼が残した最高の音楽を再確認し最後のアルバムを聴けるときまで待つしかない。
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コメント
トラバさせてくださいね。
マイケルの生演奏を一杯聴いて見たなんて、とってもうらやましいです。もう、それは不可能となってしまいました、残念です。
投稿: kumac | 2007年2月18日 (日) 12時15分